人柄診断  【滋賀県】
滋賀県と言えば、近江商人というイメージがついて回ります。とにかく近江商人は江州商人とも呼ばれ、江戸時代には天秤棒一本の行商から始めて、その特異な商法と行動力で天下の商売人にのし上がった経歴を持っているのです。
この近江商人ほど全国各地へ足を伸ばして商業圏を拡大し、江戸、大阪、京都の三都を初めとして全国に店舗を構えた商人はいません。そのバイタリティは並のものではなかったはずです。
そうした伝統的な近江商人気質とでもいうのでしょうか、勤勉で努力家で、その上にソロバン勘定のしっかりした性格が、いまでも滋賀県人には残っております。
《●》ただ、イメージとしては、「がめつい」「計算高い」といった近江商人の悪評が現在でもついて回っているので、おいそれと気軽に「近江出身です」などとは口にできないところが辛いところです。
一般には大阪人のほうが「がめつい」「ドケチ」といったイメージをされがちですが、そのルーツを辿れば近江商人に辿り着くのです。その商売の精神の基になったのは、大阪へ出てきた近江商人たちなのですから。
《○》いまの滋賀県人は、近江商人の気質を継いでいるとは言っても、当時の近江商人のように全国を股にかけて商いをダイナミックに展開するといった元気はみられません。いまは豊かな環境に恵まれて平穏に落ちついた生活を楽しんでいる、といったように見受けられます。というよりも、これは昔も同様だったようです。近江商人として名を馳せた人々は、近江に残るというよりも、積極的に三都や地方都市に店舗を構えて、その地に定住した人たちばかりだからです。居残り組は、のんびりと暮らしを楽しんでいたのかも知れません。
もし「がめつい」「計算高い」と言われたならば、近江商人の家訓「三方よし」の精神でも教えてあげることです。「商売とは、売り手、買い手、世間の三つが揃って満足すること」というバランス感覚のあった近江商人の精神。けっして利益は独り占めせず、社会に還元してこそ生きるという考え方に基づいています。そんな素晴らしい先祖を持ったことに感謝です。

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